ドイツの移民問題に思う「外国人」の特異性

今更になるがドイツ・ケルンで大晦日に起きたことについて書いておこうと思う。ただ情報源としてYahoo!ニュースしか用いていないのでやや偏るかもしれない。

今回の事件は「盛り上がりすぎて羽目を外しすぎたな」と思った。もちろんこんな言葉では済まされない帆ののことが起こったのだが。またこのように計画的であったとする見方もある。(ドイツ司法相:ケルン大晦日女性襲撃事件は計画されたものだった

とにかくこれを受けて自分に言い聞かせたいことがあった。それは「外国人としていかに振る舞うか」である。

「外国人」という状態は少し特殊な状況であるように思う。「自国の文化のルール」と「居住国の文化のルール」の二つどちらをフォローするか。

私の場合は「公人」として「草の根交流」に来た協力隊であり、双方の文化のルールをフォローすることが求められていると思う。しかし半年生活してなお思うのだが、これは本当に難しい。日本の当たり前はなかなか通じない世界。かといって相手の当たり前を全て受け入れられるかと言うと少なくとも初めからそうはできない。そもそも自分の中に一つしかなかった文化。2つにするだけでも困難である。

けれども逆に「自国のルール」と「居住国のルール」両方を守らなくても何も言われないのも事実である。「自国のルール」を知る人は周りにおらず、かつ「居住国のルール」に100%適応しなくても居住国の人からは「外国人だから」と多めに見てもらえる。そんないくらでも甘えられる環境が「外国人」には与えられていると思う。

今回の事件はそんな「海外旅行気分」とでもいうのだろうか、文化と文化の間で自由になりすぎた人たちが大勢になり盛り上がりすぎて起こしてしまった事件のようにも感じ取れた。

なぜこういうことを思いつくのか。それは私が彼らならそうなるという可能性が0ではないのではないか。(もちろん絶対にやりませんけど。)と、いうことで非難するのではなく自戒として、外国人としての生活をより引き締めていきたいと思う。

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